東京高等裁判所 昭和29年(う)2357号 判決
被告人 田上義行
〔抄 録〕
弁護人並びに被告人各論旨中原判示第三事実の事実誤認を主張する部分について。
凡そ欺罔手段を講じて多量の財物を騙取した以上は、たとえその財物中犯人において正当に受領すべきものがあつても、通常その財物が不可分であるとか又は可分であつてもその区別が分明でない儘一括して授受されたような場合にはその全部について詐欺の責任を免れることができないものと解するのが相当であるが、特にその区別が明白であるような場合はその正当に受領すべき部分を除いた残りの部分につき詐欺罪の成立を肯定することも決して不当であるということはできない。本件において原判決挙示の証拠就中原審公判廷における証人福田新作の証言を記録につき検討するに被告人が原判示のように福芳材木店において福田新作を欺罔し材木類を騙取した事実は明らかであるが、その数量従つてその価格については次のようであることが窺われるのである。すなわち、被告人と右福田新作間に売買することとなり右福田において見積りをした材木は金額にして金二十四万七千三百円相当のものであつたが、その代金十万円は現金残余は約束手形で九月二十日迄に必ず決済する約定で右約束手形は契約成立の九月一日授受し、現金支払分については二三日後右福田から被告人の指示場所に第一回分の木材を届けた際五万五千円の小切手(店員途中にてこれを現金化して持参する)その次の日第二回分の木材を引渡した際更に四万五千円の現金の授受を了したのであるが右約束手形は右期日後も決済がつかず不渡に終つたことが窺えるのである。従つて、本件においては起訴状は、前記二十四万七千三百円相当の木材のうち右現金支払の約定分を除いた残余十四万七千三百円相当の木材を被害額とみてこれを訴因のうちに掲げているのに対し、原判決は右全額を被害額と認定している関係にあることが明瞭であるわけである。本件においては冒頭に述べたところに照しその全額につき詐欺罪の成立を肯定することもその証拠関係からみて決して不当ではないのであるが現行刑事訴訟手続において訴因制度を採用し被告人の防禦にふい打を加えて不利益を与えることを禁止している以上、被害額について訴因において金十四万七千三百円相当の木材としているのを訴因変更手続を経由しないで凡そその二倍に近い金二十四万七千三百円相当の木材と突如判決において認定することは結局被告人の不利益に変更することであつて訴因制度を無視することとなり、その訴訟手続には法令違背の違法がありその違法は判決に影響を及ぼすこと明らかなものといわなければならない。然らば原判決には事実誤認の廉はないまでも右のような違法があるのでこの点において原判決は破棄を免れず各論旨は結局この点において理由あるものである。